手帳の本質に研究対象として迫った本『日常に侵入する自己啓発』
そろそろビジネス雑誌やモノ雑誌などの誌面が、手帳で彩られる季節だ。その中には、ふせんやマルチペンなどの活用を推奨する手帳術の紹介ももちろんある。
そしてこういった手帳術の隆盛について、学術的に研究した一冊の本がある。それが『日常に侵入する自己啓発』だ。
同書が対象とするのは、自己啓発書全般だ。それは、年代本と呼ばれる20代~50代ぐらいまでにむけたそれぞれの年代層を対象としたものから、片づけ・掃除をテーマとしたものまである。そして分析対象としてまるまる1章がさかれているのが「手帳」である。
今回は、同書の第4章『 「今ここの節合可能性」ー手帳術本の35年史』を紹介しよう。
まず最初に分析対象となる手帳関連書を国立国会図書館のデータベースでリサーチするところからはじまる。それによれば、手帳の使い方を主内容とする(とタイトル、サブタイトルから判断される)書籍は、212冊。
その年代別内訳は、1980年以前が22冊
'90年代が31冊
2000年代が83冊
2010年代が76冊となっているそうだ。
この2010年代での冊数の突出ぶりたるやどうだろう。
現時点でまだ5年たっていないにもかかわらず10年代はすでに先の10年に迫る冊数になっている。いかにこのジャンルが最近の書籍テーマとして爛熟しているかを物語っていると言えないだろうか(もっとも私もそれに荷担する立場ではあるが)。
さて本題に戻ろう。本書は手帳および手帳術関連書を年代を追って考察している。このスタイルを踏襲して以下にまとめてみた。
○1979年
同書は『誰も教えてくれなかった上手な手帳の使い方』(1979年)からスタートする。これは、日本能率協会(当時)によって募集された懸賞論文を素材として編まれた書籍だ。同書に書かれている手帳の活用術としては以下のようなことがあげられる。
・会社の業務関連:スケジュール管理、着想の記録、業務日誌、会社の営業方針
・人生の目標、日記の代用、スケッチブック、人間観察メモ、歌帳・句帳、英語のレッスン帳、借用証書の代用、健康管理、天候の記録、読書録、美術展の情報メモ、いただきもののメモ
・テレビや新聞の情報メモ、試験の時間割、車のナンバー、写真のシャッタースピード、買い物や約束等のメモ、夢の記録、怒り、悩み、反省、流行歌、方言の意味、映画の上映館、時刻表etc
この時点ですでに手帳に関する普遍的なメッセージが登場している。それはすなわち、「手帳の使い方に正解はないが、いい使い方とそうでない使い方がある。いい使い方のポイントは使用目的や好みに合わせて選ぶこと、自分で使い方を工夫することである」というものだ。
この文言の内容は以後35年間現在に至るまで、表面上はかわらない。だが、主張の意味するところが変わってくる。
「いい使い方」を自分で選び考えようとされる際の「いい使い方」として示される用途・技法のバリエーション、「選び考える」範囲が変容することで変わってくるというのだ。
○1980年代の手帳術→リフィル
この時代のテーマは、情報処理の効率化・一元化、優先順位の高い仕事をする時間の最大化だ。そして書籍のタイトルとして多いのは、「リフィル」である。これは1986年に日本に上陸したシステム手帳「ファイロファクス」とそこから生まれたシステム手帳の大ブームを反映してのことだと考えられる。「リフィルこそシステム手帳論においての目指されるべき到達点だった」(同書)のだ。
それが、1990年代になると、手帳にどのような意図で何を書くかに焦点が移っていった。
○2000年代 手帳術と夢の節合
2002年には、フランクリンプランナー解説書が登場する。
そして手帳の新たな役割として人生の夢の実現というものが出てくる。
これを追うように、著名人らの手帳術を具現化できるツールとして売り出されるオリジナル手帳と、解説書が連動する。
つまり、「選ぶ側にとっては用途や技法だけでなく、人物から選ぶという選択肢が新たに浮上したことになる」わけだ。
○2000年代後半以降 手帳術の細密化と飽和
ほぼ日手帳が出現する。これは、それまでの手帳とは異なり、1979年の書籍に登場していた使い方すべてを網羅しつつ、「書いていない状態」も想定されているという。『「ほぼ日手帳」は先回りして設計された「自由」によって構成されているのだ』(同書)。私見だが、これはほぼ日手帳が一日1ページの構成を持っていたことと無縁ではないだろう。この構成の手帳は、システム手帳を別にすればほとんどなかったからだ。
○手帳術のデータベース化
かくして手帳術と呼ばれる一群の手帳活用テクニックは、さながらビッグバンのように、そのバリエーションと数を増していく。その例として登場するのは「日経ビジネスアソシエ」(日経BP社)の手帳術特集だ。
ここに至っては、1979年の時点ではユーザーが手探りで見つけるものだった手帳術は、もはやカタログ化されており、その中から自分にあったものを見つけるような一群の知識となったと同書の筆者は語っている。
以上ざっくりとまとめてみた。
ともあれ、手帳がこのように語られる機会があることはとても健全なことだと感じた。ともすれば趣味の対象は絶対化・神格化され、それに対する批判は暗黙のタブーのようなムードすら生まれることがあるからだ。
そして同書は、手帳を純粋な研究対象とし、またいたずらに批判をするわけでもなく、淡々と分析している。それは同書が他の章で扱うほかのテーマに関してもそうだ。
私見だが、同書は私にとってとても懐かしい感じをもたらしてくれた。それは同書が、拙著『手帳進化論』(PHP研究所)が当初ねらっていた、手帳とはそもそもどういうものであり、どのように変遷してきたかについてのより深く鋭敏な分析だからだ。
もともとビジネス書として考えられた『~進化論』とは異なり、研究書である同書はそれが徹底してなされている。
手帳というと、最近はなんだか趣味の対象であり、大好きと言う女性も多い。だが本書がとらえるように、35年間に手帳術そのものがいろいろな目的、とらえられ方で変遷してきたものであることを知ることも、またおもしろいのではないか。
「手帳を凝視すると手帳を見失う」とは、私が『~進化論』の中でのべたことである。そして本書は手帳について、あくまで研究対象として接することで手帳の本質に迫っている。そのことを強く感じた。
手帳が大好きな人にこそ是非読んでほしい一冊だ。
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