それもまたCGM的な現象の結果である・・・
本日は昨日のエントリーの続きです。
昨日のエントリーでは、ひさしを貸して母屋を取られる と書いた。パソコンの一利用目的に過ぎなかったインターネットが、
現状ではパソコンのあり方を左右するような存在になってしまったと。
でも、これって別にインターネットが主体的にそうしたわけではない。というかインターネットなんて、
そこに接続されたサーバーやらパソコンやらの集合体とか、回線自体とか、コンテンツとかの総称総和以上のものではないからだ(※ 部分の総和が全体ではないのも事実だが)。
当たり前のことだけれど、インターネット自体をどうにか出来るような誰か、または企業がいるわけではない(ま、
そんなことは誰でもご存じだと思うけれど)。
そうではなくて、インターネットというインフラやそこに立ち上がった各種サービスを使って、利用する人々
(ネット上でサービスを提供する企業から、一エンドユーザーまで)が、各種の活動(サービスの提供だったり消費だったり)をした結果として、
コンテンツを拡充させた。その結果、インターネットが育ち、現状に至っているのだと思う。
だから、(なにか明確な意志を持ったような)インターネットがパソコンに貸してもらったひさしから、母屋を取ったわけではない。
そうではなくて、その結果に至ったのは、ネットを利用する人々や企業の活動の結果でしかないのではないか。
ただまあ、人々が交流することというのは、ものすごく強力なコンテンツかもしれないですね。SNSとかBlogがこれだけ流行し、
定着したことからもそれは言えると思います。
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コメント
hikaさん
お返事遅くなりました。
ケータイの場合は最初からネット接続機能があり、またパソコンと違って、発信できる情報はあまりリッチなものではなかったと思います。それはケータイ自体がデータの入出力や加工の機能に乏しかった、換言すれば、画面が小さく、キーボードやマウスなどのインターフェースを持たず、編集のためのソフトウェアもほぼなかったからだと思います。
ただ、こういう端末を前提に存在しているケータイ周辺のCGM的コンテンツが、場合によってはパソコン以上に活発なのも面白い現象です。
fukaさんのおっしゃられたことも含めてこれからももうちょっと考えてみたいと思います。
コメントありがとうございました。
投稿: 館神 | 2008/10/06 06:20
端末としてのパソコンが求められる状態が現出した。それはバーナードが予想していたものであり、現時点こそがセマンティックの幕開けなんだとおもいますよ。
最初にネットありきで、多くの人はネットのためにパソコンを買い求める。あくまで端末としての機能をもとめている。その最たる現象はパワフルな専用サーバーを持つ携帯サイトにもみうけられるんじゃないでしょうか。
この携帯の世界ではパソコンというものの概念の影響が少なかったゆえに特に日本では他国に五年から十年の差をつける携帯サーバーテクノロジーを身につけることができた。
そういうことじゃないでしょうか。
投稿: hika | 2008/09/25 23:23
hikaさん
これは、パソコンをコンピューターの一種ととらえるか、それともパソコンという独自の機械ととらえるかで違ってくると思います。私は後者の立場で考えて、パーソナルコンピューターには、ネットワーク機能は最初からはなかったわけで、インターネットが普及し、ネット上のコンテンツが広がって、パソコンでそこに接続したいというニーズが出てきたと考えれば、やはりネットワーク機能というのは、最初から備わっていたものではなく、またネットワークを前提としていた大型コンピューターのそれとも意味が異なるものではないかと考えています。
コメントありがとうございました。
投稿: 館神 | 2008/09/25 22:36
80年代の後半か、それ以前のことだったとおもいますが、はじめて大学にインターネットの原型がひかれたのを目の当たりにしました。
それまでは計算機に毛の生えたていどのものであり、クレイなどの高価なマシンをどういう風にわかちあうかということが焦点でした。(ぼくは他学だったけど、端末を貸してもらうことで恩恵をうけていた)
本質的にデジタル処理の世界ではネットワークが先にありきだったのではないでしょうか。その後にパソコンというものがうまれパーソナルな環境が整備されてきて後付されてきた。
もちろん、こうしたパソコンと呼ばれるものが、コンシューマーをとりこみつつ巨大化していったのですが、しかし、それはティム バーナードなどがネットワークコンユーティングの骨格作りをおこなったために端末としてパソコンが接続されていったということにしかすぎないように思います。
ネットワークコンピューティングの基礎はいかに端末を増やすかということですからパソコンにひさしを貸してもらったということではないように思います。
投稿: hika | 2008/09/24 19:02