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2008/08/26

一情報一リフィルの原則はもう古くなった?

 「知的生産の技術」は、情報カードを世に知らしめ、一つの情報をカード一枚という単位で管理することを初めて提唱した本として記憶されている。おそらくこのジャンルの本(そう、同書は「知的生産」というジャンルを作ったのだ!)のほとんどがこのルールを踏襲している。

 最近思うのは、特にその場限りの頭の整理のためのメモなどならば、このルールは守らなくてもいいのではということだ。蓄積したり再利用することがあらかじめわかっているのなら、たとえばシステム手帳のリフィルも1枚に1件のことしか書かないようにしたい。でも保存や再利用の必要がないのならこのルールを金科玉条のように守る必要はない。

 いやそれどころか、保存や蓄積をする場合でも、裏と表に別のことを書いてもいいと思う。

 私自身は紙の形で情報を大量に保存・蓄積はしていない。紙は一時的な記録場所であり、最終的にはそれは破棄されるか、または入力/スキャンされてデジタルデータとして保存される。

 どうせデジタルになるのなら、紙の時代のルールを守る必要はない。私が使っているフィラーノートもメモ帳も切り取り式で、カード的に使えるタイプだが、今は裏と表に全く別のことを書いていることも多い。それはほとんどの場合、保存の必要のない覚え書き的なことだからだ。もし保存する必要が出てきたら、入力する際に編集してしまえばいい。テキストとして入力できない、図のようなものなら、ドキュメントスキャナーで片面だけスキャンすればいいのだ。

 念のためにいえば、きちんと保存したいと最初からわかっているものの場合、表と裏は同じ情報に関する追記の連続となるパターンが多い。

 私はこんなふうに考えているのだが、みなさまはいかがですか?

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