« 使いかけのメモ帳の整理:順番をつけて使っていく | トップページ | 「いつまでもデブと思うなよ」は、ライフハックであり、ニューエイジである件 »

2008/04/19

紙とデジタルの本質的な違い:「紙はめくれるけれどデータはめくれない」ことには、どんな意味があるか

 表題の件だが、ここにはどんな意味があるのだろう。

「アイデアを生むデジアナ道具術」でも書いたことだが、紙もデジタルデータも、大切なのはそこに書かれた情報であるはずだ。 逆に言えば、文章や単語、図などが読めれば、紙だろうがパソコンのディスプレイ上のことだろうが、大差はないはずだ。

 だがしかし、紙だとまだ何となく信頼できる感じがあるのは、それが直接手に触れられるからではないか。もっというと、紙の質感とか、 見た目、手で触った感じなどからも、我々は情報を受け取り、五感に訴えるこれらのことと、 そこに書いてあることとをあわせて情報として受け取っているのではなかろうか。

 同じデジタルデータでも、たとえばケータイとパソコンの画面では感じ方に違いはあるだろうが、 その違いはノートやカードほど多種多様ではない印象がある。 この質感的なことも含めて紙に少しでも近づこうとしているのが電子ペーパーなのだろうが。

|

« 使いかけのメモ帳の整理:順番をつけて使っていく | トップページ | 「いつまでもデブと思うなよ」は、ライフハックであり、ニューエイジである件 »

アナログ/デジタル」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/44075/40920570

この記事へのトラックバック一覧です: 紙とデジタルの本質的な違い:「紙はめくれるけれどデータはめくれない」ことには、どんな意味があるか:

« 使いかけのメモ帳の整理:順番をつけて使っていく | トップページ | 「いつまでもデブと思うなよ」は、ライフハックであり、ニューエイジである件 »