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2008/03/16

文具と文明

 このところ考えているのが、“文具と文明”というテーマだ。

 文具王、高畑正幸氏はその著書「究極の文房具カタログ」の前書きで、アルファベットの文化圏のペンと、漢字の文化圏のペンを、 スケート靴とバスケットシューズのような違いがあると記していた。これは今も心に残っているのだが、要するに文化や社会のあり方によって、 同じような文具が売られていても、そこに求められるものは異なるわけだ。

 また私自身も「手帳進化論」の中で、手帳ブームは日本社会の変遷の結果として生まれたことであることを記したし、 「アイデアを生むデジアナ道具術」では、“penは文明のpenisである”として、ミームとの関連でpenを論じたりもしている。

 こういう関心の延長線上で興味があるテーマは漢字だ。かなや数字、それにアルファベットまで含む今の日本語の中で、 漢字は文具のあり方にどういう影響を与えてきたのか。同時に、墨とか硯といった、古来の文具は今の文具のどこにその名残を残しているのか。

 私は今後は上記のようなことも、関心を持ち調べていきたい。

   

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コメント

特命鬼謀さん、コメントありがとうございます。
日本の文化における漢字の存在、および“かな”との共存による言葉の複雑さによって、ご指摘のように、日本語の可能性が深まったのかも知れません。
これについては、これからも今後も自分なりに調べたり考えたりしたいと思っています。
コメントありがとうございました。

投稿: 舘神 | 2008/03/19 11:43

アルファベットは変換の必要がないので当たり前だがタイプ、パソコン、メールの入力のスピードに勝てない。
漢字は日本に入ってきて意図的かどうか分からないが、すぐには広まらず、そこから更に漢字だけを使うのではなく平仮名、片仮名にアレンジをして自分たちのオリジナルを築いたのではないか思う。(漢字の良さを残しつつ漢字の限界を見てか)
一見不便だが漢字と仮名を併用する事で日本の可能性を高めたのではないかと思う。(日本が文盲だった朝鮮半島に識字率を高める為に漢字や仮名も教えたのに日本の仮名に当たるハングルしか使えないの見ると仮名だけの限界も感じる)

投稿: 特命鬼謀 | 2008/03/18 11:01

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