嫌いなものは見ない
ネット上にある嫌いなものはみない。これもまたパソコンでムダに忙しくならない方法のひとつではないか。
だいたい、嫌いなものは見ようと見まいと、自分の思惑とは無関係に存在する。それを見たところでまた見なかったところで、
存在自体をどうにかすることはできない。何かを嫌ったところで、その対象が自分の思うとおりに変わるわけではないし、変えられるわけがない。
であるのならば、そういうものは見ないようにする。できれば忘れてしまう。そもそも、
嫌いなことを考えている時間自体がムダなのではないか。
ネット上には、いろいろな趣味嗜好のWebサイトやBlogがある。
そして自分にとって役に立つ物や好きなものはその中のほんの一握りだ。仕事でどうしても必要な場合以外は、嫌いなサイトは見なくてもいい。
好きなサイト、役立つサイト、気持ちいいサイトなどだけ見ていたほうが自分の役に立つし幸せになれるし、
ひょっとしたら成長するかもしれないし、教えられることも多々あるはずだ。
今回もまた、私の自戒として書きました。
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コメント
hikawaさん、コメントありがとうございます。
hikawaさんの場合は、その対象を自分がただ嫌っているだけではなく、理解したい、把握したいとお考えなのですね。それゆえアプローチして情報を得ようとする。
私などはまだまだそうなのですが、嫌いという感情が生まれた段階で、坊主にくけりゃ袈裟までにくいとばかりに、その相手の情報を全否定してしまうことが多いと思います。
でも、hikawaさんは対象に対する嫌悪の感情を持ちながらも、冷静にアプローチして知ろうとされているのだとお見受けしました。本当に知的であろうとすれば、自分の中の嫌悪感を持ったまま、対象にアプローチするような寛容さ、言い換えればある種のタフネスが必要なのですね。これは私も見習わなければと思いました。
コメントありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。
投稿: 舘神 | 2008/03/01 07:16
僕は嫌いなものを見ちゃうW
僕自身はカルトが大嫌いですけどね。だから、カルトの連中がなにを考えていてなにをしているのかを観察し続けます。見れば気分が悪くなるときもありますよ。
しかし、それをしなければ批評という中で自分を確立できない。光の輪の代表である上祐氏などとも文通をする。彼等がおこしたことを考えれば吐気を催すこともある。しかし、彼等がなにを反省していて何を苦しんでいるのか見えなければ、僕自身の嫌悪が無意味な、ただの差別へとつながりかねない。
一般人や著述家と関係なく批評というものは自己の収斂であり見聞をより大きくひらくためのスキムであるとおもうんですよね。
じゃないと、誘拐犯のパッチワーク脅迫文(新聞を切り貼りしたやつ)みたい、もっといえば自分の好きなこと都合の良いことで固められたスクラップブックみたいになってしまうかもしれないんじゃないでしょうかね。
投稿: hikawa | 2008/02/28 15:35