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2007年1月

2007/01/31

棍棒から宇宙船まで

 棍棒から宇宙船まで、およそ人類が手に入れた道具という道具の中で、手軽さのわりには絶大なパワーを持っているのが、 実は文房具ではなかろうか。

 ペンとメモ帳があれば、まだこの世の中に生まれていないイメージを紙の上ではあれ具現化できる。その詳細を記録できる。これは、 脳の中の漠然としたイメージから実現に向けての第一歩だ。

 道具にもいろいろあるが、この無から有を生むステップとしては、文房具というのはなかなかの力を持っていると思う。

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2007/01/30

WindowsVistaにするべきか

 WindowsVistaが発売になった。WindowsXP以来5年ぶりの新しいWindowsだ。 このVistaを導入すべきかどうかだが、すぐに買わない人は多いだろう。筆者もそうだ。その理由を簡単に述べておきたい。

 まず、取り立てて新しさを感じない。感じないというのは主観だから誰にでも当てはまるわけではないが、 それでもWebサイトや特集ムックから読み取れる範囲で言えば、部分的には目新しい機能(たとえばエクスプローラーの表示モードとか、 インターフェースとか)があっても、それを持ってして全面的に刷新すべき理由とは感じられなかった。

 次に、手間だ。手元のPCにアップグレード版をインストールするにせよ、 Vistaがインストールされたパソコンを新たに購入するにせよ、手間と時間がかかる。前者の場合、 手持ちの周辺機器にVista用デバイスドライバーをインストールする必要があるだろう。後者ならば、データを引っ越しする必要がある。 これらは、土日でも使ってじっくり取り組むべきことだ。それほど時間をとられる覚悟が必要だ。

 さらには、増設が必要になることも考えられる。グラフィック周りやメインメモリーなど、手元のデスクトップPCには、 どうやらVistaを動かすためのハードウェア環境がやや足りないらしいからだ。この辺を増設(=出費)してなお、 仕事の根本的なスピードアップになるのかどうかは、疑問なしとしない。

 VistaというOSが安定してからというのもある。XPでいうところのSP1とかSP2とかそういうものがでて、 十分に安定性とセキュリティが確保されてから、というのは誰でも考えているだろう。

 もう一つ言えば、現在、パソコンのOSとは、実は旧来的な意味でのOSではないのではないかというのが、私感だ。 誰でも思い当たるとおり、それはWindowsではなく、GoogleやGoogleが提供するGmailやPicasa2、 GoogleMapなどの各種ソフトウェアやサービスではないだろうか。こういうものは、別に最新のWindowsでなくても利用できる。

 いずれVistaにアップグレードはするだろうが、今すぐしない理由はざっと以上のようなところだ。

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2007/01/29

時間の意味は相対的に大きくなっている

 時間の意味は相対的に大きくなっている。

 これも繰り返しになるが、かつて終身雇用制によって「ゆりかごから墓場まで」が保証されていた時代においては、時間は、 それを成立させる生の単なる入れ物、乗り物という意味合いが大きかった。というより、それで十分だった。人々はその中で生まれ、子を育て、 死んでいった。

 ところが、終身雇用制が崩壊し、格差が拡大し、非正規雇用者が増大し、正規雇用者に対しても、 ホワイトカラーエグゼンプションの導入が議論されるようになると、そうはいっていられなくなる。

 現在では、時間は、それを有効に生かすかどうかが、文字通り死活問題になっている。これは、多くの人々に当てはまることだろう。 そしていろいろな意味で余裕がない人ほど、実感が強いように思われる。しかも、今は余裕があると思っていても、 これほど変化の激しい世の中では、それも一時のことかもしれない。状況は刻々と変わり、それまで、 安定しているように見えた地盤が液状化現象を起こす。勝っていた者は転落し、敗れた者が失地回復することもままあるからだ。

 とりとめもなく語ってしまったが、変化の激しい時代には時間の意味は大きい。それを活用できる人は、変化の少ない時代よりも、 より大きな成功が望めるのかも知れない。

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2007/01/28

時間感覚のストレッチ

 昨日訪れたカフェは、時間の流れ方がそれまで知っている場所とは違っていた。うまく言えないのだが、そこにいるだけで、 自分を有形無形に縛っていた檻のようなものがどんどん解放されていくような感覚を味わった。

 要するに、その場所は空間としてとても緩かったのだと思う。それゆえ、自分が無意識に身につけていた、 規律やルールのようなものから自由になることができたのだろう。しかも、その場所はそういうことを意図して作られているわけではないのだ。 ただの空間であり、ランチメニューが出てくるだけの場所である。

 こういう場所は貴重だ。自分が、「こうである」「こうあらねばならない」と考えていることがらは、自分にとって絶対ではない。いや、 相対的にしか有効ではない。それを思い出させてくれる場所を持つことができれば、それは心のストレッチになると思う。

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2007/01/27

ハイスピードテキスト

 テキストファイルは潜在的にスピードを持っている。それが、メールで送信されたりネットワーク上にアップされたりすることで、 瞬時に遠隔地に到達する。いや正確には、どこでも見られるようになる。デジタルデータは、物理的な質量のある紙と違って、 場所を限定されない。厳密に言えば、データといえどもハードディスクなどに記録されているため、 それ自体と言うよりはそれが存在するための条件として質量があったことになる。ただしかし、 これだけインターネット関連のインフラが発達すると、データはネット接続の環境がある場所なら、どこでも見られるようになる。

 かつて文字は、知識階級のごく一部の人たちのものであり、場所もそれを記録する石や紙がある特定地点に限定されていた。 だが現在では、ネット上にアップされるだけでどこからでも見られるようになっている。

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2007/01/26

手帳を真っ黒に書けば人生は輝く

 手帳の役目は、とどのつまり、時間の流れの中に、 みずからの未来への展望や計画を以下にうまく配置するか これにつきるのではないだろうか。

 まず時間がある。これはいかんともしがたく流れているものだ。次に未来への展望や計画。これは曖昧模糊としたものから、 かなり具体的になっているものまで、実現への段階も様々だろう。計画については、とくに会社や協働している人との間で決まっているものだ。 これも、限られた時間の中で、いかにうまく運んでいくかがキーになる。

 そして、手帳はこういう未来への展望とか計画を、いかにうまく時間の流れの中に配置し、 どんぶらどんぶらと気持ちよく運んでいくようにするか。そのためにあるものだと思う。そのために、忘れないようにメモをしたり、 計画のひとつひとつの仕事・プロセスについて、段取りを細かく書いたりする。

 そういうことのためにどれだけ力を注げるか=手帳をうまく使えるか。

 手帳を真っ黒に書いていくことで、人生は輝いていく。上記のように考えた上で実行が伴えば、 これはあながち間違いではないかもしれない。

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2007/01/25

自作リフィルを分類する

 自作リフィルについて、分類を考えてみた。まず分類方法は以下の項目があるだろう。すなわち、a.作り方 b.内容だ。

 a.は、1.WordやExcelなどを使って作るもの。2.自作リフィル用ソフトで作るもの 3. ネットで公開されているものをそのまま使うもの 4.既製品に一手間加えるもの などがある。

 b.はそのリフィルの目的だ。すなわち1.スケジュール記入用 2.メモ用 3.便覧用(仕事で使う資料や路線図、時刻表など)  などが考えられる。

 一口に自作といっても、こういう分類がある。

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2007/01/24

用事をわすれないための簡単な方法

 大切な用事を忘れないための方法には、どんなものがあるだろうか。

 そのひとつは、思いついたときにすぐやってしまうことだ。その場でやればおぼえる必要がない。おぼえておかなければ、 忘れることもない。しかも、すぐに処理される。

 この方法の前提になるのは、決断力だ。解決すべき問題、選択すべきことがらに関して素早く判断し決断する力こそ、 すぐやるために必要なことだからだ。

 ただ、いくら決断力があってもそれを発揮するための条件をふだんから整えておくことも必要だ。 それは他人に用件を委譲する前提となる信頼関係であったり、その決断を実行するために必要な資金力であったりするのだろう。

 

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2007/01/23

手帳、1日に何回見ますか?

 1日の間で、手帳は何回ぐらい参照されているだろうか。

 私の場合は、まず朝にウィークリーとデイリーを見る/記入する。とりあえず仕事中は机の上に開きっぱなしにして、 ことあるごとに参照したり記入したりしている。

 デスクワークの日はこんな感じだが、外出して打ち合わせするときは、移動時や打ち合わせ直前に見る程度になる。あとは電車の中だ。 行きの電車ではその日の予定の確認を、帰りの電車ではその日あったことのメモと、新たに発生したタスクの確認と組み立てを行う。

 みなさんは、1日に何回手帳を見ていますか?

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2007/01/22

美味しい酒を飲むためには?

 酒を美味しく飲むためにはどうすればいいだろう。

 いくつか方法が考えられる。まず美味しい酒を用意すること、好きな人と一緒に飲むこと、居心地のいい場所で飲むことetc。

 もう一つ考えたいのは、その日の仕事を終えておくことだ。 その日にやると決めたことが片付いていないとどうにも落ち着かない感覚がないだろうか。逆にその日のぶんさえ終えていれば、 とりあえずは安心して酒を楽しむことができる。

 今日はこれから美味しく飲めそうです。

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2007/01/21

ユニット型PDAを夢想する

 USB接続のワンセグチューナーが人気だ。ノートPCに接続して、ワンセグ放送が受信・録画できるこの製品が受けているのは、 ワンセグ対応のケータイの手軽さと敷居の高さが背景にあるように思う。

 確かにワンセグケータイは手軽だ。外出先や移動中にテレビが見られるのは、それはそれで便利だ。 ただそのためにケータイの機種変更や追加をするのは、心理的なハードルも高いし現実的な手間もバカにならない。出費もあるだろう。

 人々はワンセグ放送は手軽に見たいけれど、そのための手間や出費は最小限に抑えたかったのではないだろうか。

 最近人気のワンセグチューナーはこの点をうまくクリアしているように思う。出費は一万円前後だし録画もできる。 自分が住んでいるエリアで地上波デジタル放送がうまく受信できることが条件だが、それさえクリアすれば、簡単に楽しめる。

 ここから夢想するのは、ユニット型PDAだ。デジタル関連の各種機能、すなわち、電子辞書やワンセグチューナー、文書作成、 ネット接続とWeb閲覧・メール送受信などの機能を適宜自分で組み合わせて作ることができるPDAのようなものがあれば、 それはそれでいいのではないか。

 現状のデジタルオーディオプレーヤーや電子辞書などの小型電子デバイスは、商品力を高める名目で、機能の順列組み合わせ、 合体抱き合わせを商品展開のロードマップにあわせて行っている。そうではなく最初からユーザーが機能を選べるものがあってもいいと思う。 ただ、爆発的なヒットはおろかマスプロダクツとしての採算も難しそうではあるが。また、小型PCとの差別化も難しそうだ。

 現実には、目的別の小型デバイスを複数携えて移動しているわけで、 これを一台+機能ユニットの組み合わせでどうにかならないかと思うのは、見果てぬ夢なのだろう。

 

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2007/01/20

ボールペンのボディとリフィルを別々に選ぶ

 以前のエントリーでコメントしていただいた方のおかげで、手元にある私のマルチペンでも、 極細のゲルインクのリフィルを使えるようになった。そうすると問題になってくるのが表題の件だ。

 それ以前の私は、マルチペンといえどもボディとペンのリフィルは不可分のものであり、 互換性をほとんど意識することなく純正のものだけを使っていた。というよりそういう可能性を考えることがなかった。

 ところがペンリフィルの存在を知ってから変わった。互換性さえあれば、 ボディもペンリフィルも好きなものを使えばいいと考えるようになった。

 ここでひとつ問題が出てくる。確かに互換性さえあっていれば使うのに問題はない。ただ、 ボディとリフィルとの相性は存在するはずなのだ。一例を挙げれば、極太のボディと極細のリフィルの組み合わせは、 決して使いやすくないはずだ。これは一例だが、ボディの滑り止めの形状と、リフィルの太さ、インクの種類など、初期設定(?) では問題がなくても、いざリフィルを変えると気になったり違和感をおぼえたりすることは考えられる。

 たとえば細身の大きな径のステアリングが最初から付いているスポーツカーに、小さな径のステアリングを付け替えたときに、 操縦性が変わると言えばわかってもらえるだろうか。

 ボールペンのボディとリフィルを初期設定から変更するとこのようなことが起こってくるのだ。

 もし、みなさんが試してみてオススメの組み合わせがあったら教えてください。よろしくお願いします。

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2007/01/19

携帯電話はPDAを超えた

 以前のエントリーでも触れたが、現在の携帯電話は10年ぐらい前のPDAを、機能面で凌駕している。

 手元にあるSH901iSの場合、メールの送受信や、Webの閲覧を初め、メインアドレスのメールを見たり(送信も可能)できる。 さらに200万画素のデジタルカメラでの撮影やその画像の送信、動画の撮影、簡単な編集と送信、ボイスレコーダー (録音した音声のメール送信も可能)など、少し前のPDAには考えられないような機能が搭載されている。この機種の発売は数年前なので、 現在の機種がもっと進化していることは想像に難くない。

 惜しむらくはフルキーボードがないことだろう。以前持っていたmovaには、外部キーボードが接続できたが、 現行のFOMAにはそのためのインターフェースが提供されていない。この辺はスマートフォンに一歩譲るが、 それにしても現在の携帯電話の進化には驚かされるばかりだ。

 

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2007/01/18

継続が力になるための条件

「継続は力なり」とは、予備校の標語にもなっている言葉だ。継続は本当に力なのだろうか?

 おそらく違うはずだ。ひとつのことを深く考えることなく続けているだけでは、力にはならない。継続が力になるのは、 同じことを続けるというよりは、ひとつの目的に向かっていろいろなアプローチを試していく場合ではないかと考える。

 問題の発見は、解決の第一歩だ。解決にはいろいろな方法があり、どれが正しく最短距離なのかは、すぐにはわからない。 いろいろ試していく中で自分にあった方法や有効な方法を発見し、それを実行することで状況が改善され、問題の解決につながる。

 継続が力になるには、問題に対するアプローチをあきらめずに続けたときなのではないだろうか。タイミングを逃すときもあるだろうし、 失敗するときもある。ただしかし、命ある限り、生きているという現実は続く。その中で問題の解決をしようと思ったら、 継続する=問題にいろいろな角度からアプローチすることを続けることなのだ。

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2007/01/17

ほぼ日手帳のサイズはどこから生まれたか

 昨日、ある方との打ち合わせの中で気がついたのが表題のことだ。

 よく、バイブルサイズの大きさの説明として、「欧米人にもっともなじんだサイズが清書のサイズであり、 バイブルサイズの手帳はそれを踏襲したものだ」という話が出てくる。

 このことを、ほぼ日手帳に当てはめてみると、次のことが明らかになる。すなわち、日本人の若年層にもっとも親しまれたサイズは、 文庫本のそれなのだと。

 そして、同じサイズのものとして先行していた出版社製の各種文庫サイズ手帳に対して、 使い勝手のよいナイロン製などのカバーを組み合わせたほぼ日手帳は、いわば受け入れられるべくして受け入れられたと言える。

 ほぼ日手帳については、このほかにもいろいろな話が出た。いずれ機会があればまとめてみたい。

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2007/01/16

手帳、自分の思い通りに使えていますか

 1月も3週目に入ると、新しく買った手帳、リフィルの使い心地が何となくわかってくる頃だ。今年からほぼ日手帳にした人、 超整理手帳にした人、システム手帳にした人など、去年とは違う手帳を使ってみて、いろいろな満足や不満などが出てきていると思う。

 これは当たり前のことだ。オーダーではない既製品には、それを気に入るための大きなポイントがある反面、 購入前には見えなかった欠点も見えてくる。手帳に限らず、それが自動車だろうと服だろうと、 大量生産される工業製品とはそういうものだからだ。

 ただしかしそれでも、手帳はまだ工夫の余地がある。紙を挟んだり、ふせんを使ったり、記入時の記号を工夫したり、 ノートを併用したりすることで解消できる不満もあるはずだ。

 というわけで、みなさん、今年の手帳に満足していますか?

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2007/01/15

手帳と手帖

 手帳と手帖はどう違うのだろうか。

 手帳については、とくに悩むことなく連想できる。 スケジュールやメモを記入するために使うノート型のものだと考えて間違いないだろう。

 手帖はどうだろう。「暮らしの手帖」とか「美術手帖」などの例から考えると、この言葉には、 以下のような意味が込められていると考えられる。すなわち、特定のテーマについて、一冊にまとめたものというニュアンスだ。

 ただ実際には、「黒革の手帖」のような例もあり、厳密な線引きはむずかしそうだ。また、たとえば能率手帖の便覧部分は、 ビジネスに役立つ知識をコンパクトにまとめたものだ。こういう例はとくに綴じ手帳に多く見受けられる。 たとえばクオバディズのエグゼクティブというモデルには、ヨーロッパ全図や各国の地図、アメリカ大陸の地図なども含まれている(欧米か!)。

 無理矢理まとめるのなら、概念/実体としては手帳のほうが、手帖よりもやや広いのかも知れない。この件もひきつづき考えてみます。

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2007/01/14

時間は未来への畑

 時間は、未来に収穫をもたらすための畑である。

 そこに今何らかの努力をして種をまき、耕しておけば、未来に収穫があるかもしれない。効果的、 効率的な方法でやれば収穫はあるはずだ。

 だがしかし、何も種をまかなかったり、種をまく方法や耕す方法が見当違いだったら、未来には収穫はもたらされない。

 そして時間は限られている。限られた時間という畑に、今何をまき、どう耕すことが出来るのか。 そのことによって未来の収穫が決まるのだ。

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2007/01/13

手帳は習慣を作り、手帳以外の習慣も形成する

 手帳は、いろいろな意味で習慣のツールだ。

 まず、手帳を持っているとそこに予定やメモを書くこと自体が習慣になる。この前提にあるのは、手帳を持ち歩くという習慣だ。

 こうやって手帳へのいろいろなことがらを記入するようになると、今度は手帳を見直すことが習慣になる。 中にはほとんどクセになっている人もいるだろう。

 そこで思い出すのが携帯電話だ。携帯電話もメールを書いて送ったり、何回も見直したりするものだ。 ただそれは習慣と言うよりはほとんど無意識に近い感じすらある(※ それはまた携帯電話が、手帳よりは肌身に近い位置(衣服のポケットなど) にあることと関係があるような気がする。これについてはあらためて考えてみたい)。

 ただ、手帳は携帯電話ほど多機能にはなり得ないし、カバンに入っているケースも多いはずだ。だから記入するにも、 見直すにもそれなりに意識しての動作になるのではないだろうか。

 いずれにせよ、手帳は使い始めたらいくつものことがらを習慣にするようになる。そして手帳を通じて、 手帳以外の部分での習慣を形成することすら可能だ。手帳を使うという習慣が、手帳以外の習慣も形成するのだ。

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2007/01/12

スケジュールとタスクの予定表

 手帳の役割としてもっとも中心的なものは、予定の記入、管理だろう。システム手帳で言えば、月間、 週間などのスケジュール系リフィルに記入されるものだ。

 そしてスケジュールは予定表とは似て非なるものだ。予定表は、あるひとつの目的のために作られるものであり、 六曜や時間軸は必ずしも記されていない。人によって使い方は異なるのでいちがいには言えないが、おそらくスケジュール表と、 何らかのタスクの予定表を、同じスケジュールリフィルで管理している人はあまりいないような気がする。ほとんどのビジネスマンは、 複数の同時並行で進行する仕事に携わり、それぞれに予定表を持っていると考えられるからだ。

 この点は、実際の例を知りたいところです。よろしければコメントをお願いします。

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2007/01/11

記録は全てデジタル化すべきか

 記録は全てデジタル化すべきなのだろうか。結論から言えば、すべてでなくてもいいのではないか。

 筆者の例を挙げると、自分のおぼえがきとしてクレジットカードの利用履歴をリフィルに記している。 これはいつどのぐらい使ったかをすぐに把握するためのものであり、それ以上でもそれ以下でもない。また翌月の請求額のトータルは、 Web上のサービスでも、送られてくる明細書でも確認できる。

 つまり、すでに別のところでデジタル化されたものを自分用に再確認するためだけのものだ。 だからあらためてパソコンに入力することはない。書いたら書きっぱなし。たまに見返したりするだけだ。また、書く習慣によって、 その都度使った額を意識するという効果もある。

 この種の単なる確認のための記録はデジタル化する必要はない。筆者の場合は純然たるおぼえがきだからだ。

 生活の中で記録するものは多い。ただそのそれぞれに関して、デジタル化するかどうかは、ケースバイケースだ。 その見極めの基準のひとつは、データを再利用するかどうかだろうか。

 ※ デジタル化といっても、PDAやスマートフォン、 携帯電話などを手帳代わりに使っているケースも考えられる。これは手段がたまたまデジタルだったというだけで、 必ずしも再利用を意識していないのだろう。手軽さや入力の素早さなどを重視してこういう管理方法になることもある。

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2007/01/10

入手した情報をどうやって再配置するか

 手帳や携帯電話など、身の回りの情報に関わる道具を使う上で大切なのは、入手した情報や記録したメモをどうやって再配置するかだ。 その情報が、自分のライフスタイルやふだんの持ち物、行動パターンなどをふまえた上で、もっとも活用できるためのやり方は何かということだ。

 前回のエントリーで言えば、時刻表がそれだ。私のようにリフィル化する場合もあるし、木の葉燃朗さんのように、 スマートフォンの画面に保存している場合もある。また、時刻表そのものを使わず、路線検索サイトで十分なケースも考えられる。

 大切なのは、自分にとってもっともラクで、その情報の活用が手軽にできる方法を見つけることだ。 こうしなければいけないと言うこともない。他人の方法も必ずしも参考にならないかも知れない。

 この件についてはひきつづき考えてみたい。どうぞよろしくお願いします。

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2007/01/09

デジカメでのメモはどこまで使えるか

 デジタルカメラでちょっとしたメモをとると便利なときがある。この方法はどんな場合に使うと便利なのだろうか。

 たとえば、大きなショッピングモールなどで車を止めるとき、駐車場における自分の位置を、「E5」 などの区画ナンバーを撮影しておくのは便利だ。

 でも、電車の時刻表を撮影しようとは思わない。電車の時刻表は、Webサイトを探せば出てくることがあるからだ。 また撮影した画面の文字は判読しにくい。撮影状態や撮影モードにもよるが、紙に印刷された文字を読む方が、 撮影した画像を液晶で見るよりはラクだ。

 実際、私はよく利用する路線のよく利用する時間帯の時刻表は、Webサイトからコピーし、リフィルに印刷して使っている。

 ※ 時刻表と、携帯電話などによる路線検索の一長一短については、「システム手帳新入門!」に記した。

 また、デジタルカメラは記録と再生のメディアとしてこなれているかどうかの問題もある。現在のデジタルカメラは、 撮影のための道具であり、その中に画像を保存しておき、繰り返し閲覧するためには、やや不便なのかもしれない。暗黙の前提になっているのは、 ストレージや編集の道具としてのパソコンだ。これが、メモの道具のデジタルカメラに関する私見だ。ただ、 機種によっては記録した画像を繰り返し見るのに便利なインターフェースを備えているものもあるかもしれない。また、 いわゆるデジタルカメラと携帯電話内蔵のものでも違いはあるだろう。

 みなさまのご意見もおしえてください。よろしくお願いします。

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2007/01/08

今年こそ!

 このBlogをご覧になっているすべてのみなさん、そして手帳を使うすべてのみなさん。

 今年は頑張っていきましょう! 去年がよかった人もだめだった人も、イマイチだった人も、あと一歩だった人も、 大きな収穫があった人も、小さな収穫があった人も、ダメと評価された人も、ほめられた人も。全ての人にとって、 現在の中にまだ見ぬ未来は胎動しています。

 未来をよりよく迎えるために、今年こそ頑張りましょう。過去も去年も変えることはできませんが、 今年のために今を頑張ることは出来るはずです。何らかの事情で頑張ることができない人もいるかもしれません。でも、 頑張る状態に少しでも近づくように持っていくことはできると思います。

 ずっと過去のことを気に病んでいたら、今を生きることはできません。それは肉体的には今を生きながら、 心が過去にとらわれていることです。今年こそ、今こそ頑張るには、 未来に目を向けてこれからのことを考えながら今という時間に努力することなのだと思います。

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2007/01/07

手帳は1日にしてならず

 先日、マルチペンのリフィルを交換して思ったのが表題のことだ。手帳は1日や2日でできるものではない。できあがったと思ったら、 ちょっと要素を変えるだけで全然別の様相を呈したりする。そしてそれはペンに限らないだろう。

 まずどの手帳を選ぶか。次にペン。単色かマルチペンか。ブランドからはじまり、ペン先リフィルも変更可能だ。さらに、 ふせんもいろいろな種類がある。最近では半透明なタイプも各社から出てきている。

 システム手帳の場合、その組み合わせは事実上無限だ。リフィルからはじまって、バインダー、ペン、ふせん、収納用リフィル、 自作リフィルや便覧リフィルに至るまで、これだという決まり切った到達点はない。いや構成要素がいくらでも変えられるから、 いつまでも到達点を目指しているというべきか。

 いずれにせよ、手帳が自分になじむものになるのには、ある程度の時間がかかると言うことだ。

 だからもし、今使っている手帳が今ひとつなじまないと感じているのなら、ペンでもリフィルでも、ふせんでもいいから変えてみよう。 そうすると、なじまなかったものの正体に近づくことが出来るようになるはずだ。

 以前のエントリー「手帳を芸術にするな」とは正反対の今回の結論です。

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2007/01/06

コメント返信再開します

 舘神です。

 年末年始でしばらくお休みしていたコメントへの返信を再開します。みなさま、今後とも、どうぞよろしくお願いします。

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2007/01/05

年賀状の返事の宛名データをどうするか

 自分が出さなかった相手から年賀状が届くことがある。そういう相手の住所のデータは、年賀状ソフトには入力していない。1, 2枚ならば手書きで宛名を書けばすみそうだ。しかし、ここは年賀状ソフトに一度入力し、ハガキに印刷して出すようにしよう。 そのほうが手書きに比べてたくさんのメリットがある。

 まず、入力さえ間違えなければ、書き間違いがない。郵便番号のチェックもなされる。次にその人に出した履歴が年賀状ソフトに残る。 さらに一度入力してしまえば来年もその相手に出すのが簡単になる。年賀状ソフトに住所データを入力しておけば、 ざっとこれだけのメリットがある。

 これが手書きだと、書き間違いの可能性もあるし、出した履歴も残らない。次の年にその人に出すには、 受け取った年賀はがきの発掘が必要になる。

 このように、年賀状の住所データは、デジタル化することで、いくつものメリットが生まれる。 それは一度の入力と印刷の面倒を補ってあまりあるものなのだ。

 

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2007/01/04

自分エクスプローラーとしての文房具

 これもこのBlogで何回か触れていることだが、メモや手帳、ふせん、カードなどは、自分を発見・探検する道具なのだと思う。

 自分とは何か。これはいくら考えていても考えるだけでは見えてこない。文字にすることではじめて客観視できるようになる。そして、 それがカードのような紙ならば、組み合わせや並べ替えなどで空間的な位置関係の規定が簡単にできるようになる。

 自分の内部のイメージを客体化し、操作することで、文字化・視覚化するまえには気がつかなかったこともわかったりする。手帳やメモ、 ふせんやカードなどは、そういう作業をするためにはもっとも手軽で有効なツールだと言える。

 文房具ブームといわれて久しいが、とくにノートや手帳、 それにマインドマップなどの手法が流行る背景には上記のようなことがあるのかも知れない。

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2007/01/03

年末に必要なものの準備を今やろう

 年末に必要なものの準備を今やろう。

 年賀状の宛名データもその一つだ。年末はなにかと忙しくひとつひとつのことに多くの時間を割くことができない。 だからこそ今のうちに用意しておくのだ。もらった賀状にある住所と、年賀状ソフトのデータの照合、 出し忘れのチェックなどを今のうちにしておこう。こういう既存のデータを整理しておけば、あとは、 今年初めて会う人のデータをその都度追加していくだけでいい。

 帳簿を自分で付けている自営業の人なら、領収書の仕分け用の袋などもこの時期に用意しておこう。 そうすれば2007年分は完璧に分類・保存できる。

 これらのようなことも、時間のある正月にできることだ。

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2007/01/02

今年のリフィルをみわたしてみる

 2007年も2日目。今年のリフィルを見渡してみよう。とくにデイリーのリフィルは1年分だとそれなりの厚みになっているはずだ。 どれだけ充実させられるか、仕事がはじまる前の今の時期に、きちんと自分なりに考えておこう。

 特別なビジョンがなくても、「あれをやりたい」「これをやりたい」と考えることはできる。考えたら、手帳のリフィルに書いておこう。 そしてそのためにはどうすればいいのかも考え、これもリフィルに書いておこう。

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2007/01/01

準備できていますか

 2007年になりました。あけましておめでとうございます。

 みなさま、準備はできていますか。今年という未来には、いろいろなことが起こるはずです。その準備はできているでしょうか。

挑戦する準備、戦う準備、許す準備、あきらめる準備、受け入れる準備、見直す準備、殴り込む準備、笑う準備、泣く準備、捨てる準備、 拾う準備etc。

 準備があればあわてずに済みますが、全てを見通して準備することができないのもまた真実です。ただ、 それがくることがわかっていれば、とりあえずそのために必要なことを手帳に書いて準備することはできるはず。また、やりたいこと、 起こってほしいこともふだんから準備していればチャンスが巡ってきたときの対応はスムーズにいくでしょう。

 みなさま、昨年はありがとうございました。今年も舘神龍彦をよろしくお願いします。

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