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2006/10/28

手帳を芸術にするな

 今回は、以前のエントリーの続きです。

 手帳は芸術にしない方がいい。どうも、物事に凝り出すと、それはどんどん袋小路のような迷宮に入っていき、 気がつくと実用性とはかけ離れた世界に踏み込んでいることがあるような気がする。茶道とか生け花とか、あるいは陶芸のような芸術であれば、 それはそれでよい。というよりは、それこそが芸術で、ひとつの世界の中で、人を魅了するような芸を見せることがその目的だからだ。 まあ芸を見る方にも審美眼なり眼力なりが求められるが。

 だが、手帳でこれをやるのはどうだろうか。手帳に求められるのは第一義的には使っている人の使いやすさである。それは、 あまり手間がかからないことであり、手軽さであり便利さのはずだ。しかし実際には、手をかけることや、 工夫のための工夫になっている例もあるような気がする。

 しょせんは手帳、たかだか手帳ぐらいの気持ちで使うのもありのような気がする。「ちがう!」「こうじゃない!」とかいって、 ああでもないこうでもないと練り直すのは、芸術家がすればいいことだ。手帳の目的はどこまで実用的かの一点であるはずなのだ。

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コメント

ブンキチさん、コメントありがとうございます。
>今、手帳は「予定、時間管理」という本来の機能を越えて、
>趣味的要素を含め、多様な方向へ向かっているようにかんじられま
>す。

>そんな昨今なのに、
>>手帳の目的はどこまで実用的かの一点であるはずなのだ。
>と断言していることに、なんか違和感をかんじてしまいました。(ーー;)

ご指摘もっともです。ありがとうございます。
確かに、私が書いたことは手帳のある一面しか捉えられていなかったかもしれません。いろいろなものが登場し、それを楽しみ喜んで使われている方が多くいらっしゃることに、私はきちんと目を向けるべきでした。
ご指摘、本当にありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。

投稿: 舘神 | 2006/10/28 19:58

いつも楽しく読ませていただいております。

芸術的要素をかんじることができる、アシュフォード、ファイロファクスの限定品や、
手の込んだ美しい装飾が施されているPTMのバインダー。
(以上「ノート & ダイアリースタイルブック」に掲載)
発売元自ら、実用以上のつかいかたを提案している「ほぼ日手帳」。
厚みを膨らますことも、つかう楽しみのひとつになっている「Moleskine」などなど、
今、手帳は「予定、時間管理」という本来の機能を越えて、
趣味的要素を含め、多様な方向へ向かっているようにかんじられます。

そんな昨今なのに、
>手帳の目的はどこまで実用的かの一点であるはずなのだ。
と断言していることに、なんか違和感をかんじてしまいました。(ーー;)

投稿: ブンキチ | 2006/10/28 15:10

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