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2005年5月

2005/05/31

手帳と手帳術の関係

 「ニワトリと卵」というたとえがある。ある二つの事柄について、どちらかをもう一方の原因であると断言できないことを指して使うようだ。

 「手帳と手帳術」も実はこれなのではないか?
 先の日本経済新聞の記事では、システム手帳の復活は、手帳術の登場とともにとあり、確かにその通りだと先のエントリーでも書いた。
 ただ、この意見を日経の記者の方からうかがったときに、私はメールで「手帳と手帳術はニワトリと卵ではないか?」とも書いたのだ。

 実際、今回のブームの前にも、手帳術の本は、すでに登場している。
私の手元にある「能率手帳の生かし方」(ごま書房)もその中の一冊だ。PIC_0004
この本の発行は、昭和61年(=1986年)。ちょうどシステム手帳上陸直後であり、雑誌「リフィル通信」創刊の前年にあたる。この本では、「ポストイットは手帳に記入する前の簡単なメモ代わりになる」とか「記号を使って“自分の手帳”を演出してみる」といった、現代でも通用するような活用術が提案されている。もちろん、古くなった部分もある。そういう記述からは、その時代の雰囲気が伝わってくる。

 そしておそらく、新しい手帳が登場すれば、新しい手帳術の本も登場する。その典型例がフランクリン・プランナーにおける一連の書籍や、超整理手帳を同梱したムックであり、「一冊の手帳で夢は必ずかなう」と熊谷式夢手帳なのだろう。
 
 本が先か手帳が先かの違いはあるが、これらの例と、昔の手帳術の本との違いは、手帳の販売元と出版物が同一か、もしくは密接なつながりがあることだ。また、特定の文化人の名前を冠している点では、ある意味キャラクターグッズ的といえるかもしれない。

 私も自分が監修した手帳を作りたい気持ちはある。また、実際、ある研究グループにも加えていただいている。
 ただ、本当に作り、また見たいのは、本当のキャラクターグッズにかなり近いものだろうと思う。それがなんなのかは、実現したときに公開しましょう。

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2005/05/28

日本経済新聞に登場しました

 本日(5月28日)付けの日本経済新聞に、登場しました。
カラーの別刷り版「NIKKEIプラス1」の11面「流行発見」の「はやりを読む」というコーナー。“「手帳術」用手帳”と題されたその記事に登場しました。名前が出てくるのはちょっとだけですが、左上の年表の作成にも協力しています。

 実は、先週の20日(金)に日経の記者の方が私のところに取材に来ました。話をする中でいろいろな話題が出ました。特に、PDAについての話は、右下のPDAについての囲みコラムに反映されています。この辺の話は、このblogの読者の方ならばおなじみの内容だと思います。

 この記事で記者の方は、システム手帳の復権は、新たな手帳術の登場がその一因と分析しています。これは新鮮な視点かもしれません。

 というわけで、日本経済新聞を購読している方は、チェックしてみてください。ではまた。

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2005/05/27

これはPDAではない?

ノキアから、PDAでも携帯でもない端末が登場したようだ。 Nokia、ネット接続端末「Nokia 770 Internet Tablet」発表  いっけん、 PDAそっくりのこの端末は、だがPDAではないと思える。それはやはり、無線LAN機能や、Bluetoothを搭載し、ネット閲覧、 メール送受信の機能が重視されているからだ。RSSリーダーやインターネットラジオなどにも対応しているらしい。  さてではこれはなにか。  無理矢理一言で言えば、これはスマートフォンのケーススタディではないのか?通話機能がないのをのぞけば、機能はスマートフォンに近い。 ディスプレイの大きさはやはり一覧性の高さを確保するためなのだろう。  また、ネット機能の重視は、 インターネットが生活の中でより重要なメディア・ツールになってきたことの反映だと思える。それは、'90年代に登場した、 個人のデータを蓄積・ブラウズするPDAとは一線を画するものだといえる。  取り急ぎ雑感でした。

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2005/05/22

恐竜は鳥に進化し、PDAは小型デジタル機器に進化した

 PDAは単機能の小型デジタル機器に進化した。これは、筆者がPDAについて持っている仮説の一つだ。 おそらくPDAについてこのような説を唱えているのは筆者以外にいないだろう。これは、 恐竜が生き残ろうとする課程で鳥に進化したという仮説に似ている。 要するに、かつてmp3再生機能や、メール送受信機能/Web閲覧機能、 ゲーム機能、それに辞書機能を持っていたPDAは、それぞれ、iPodに代表されるデジタルオーディオプレーヤー、携帯電話、 PSPやニンテンドーDS、電子辞書に進化したというわけだ。  そして、さっき、このWebを見てはっと気がついた。  日本国内では、唯一の国産PalmOS機のSONY「Clie」の生産が終了し、PocketPC機もかつてほどの勢いはない。現在、 唯一作り続けられている国産PDAのブランドネームは、 Zaurus=恐竜 なのだ。

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2005/05/20

リフィルフィラーノート(コクヨ)注文しました

 以前から愛用し、またこのBlogでも紹介した、コクヨのリフィル型フィラーノート「NP-310Y-6」(写真)PIC_0049
を近所の有隣堂に注文した。それはいいのだが。1冊315円のこのノート、発注の単位が5冊らしい。しかたなく5冊買った。しめて1575円である。

 このノート、興味ある人いますか? 興味がある人はコメントお願いします。
 念のためにもう一度解説すると、6ミリの横罫のリフィルをフィラーノート型に綴じたものだ。この状態でメモをし、ミシン目から切り離せば、ふつうのリフィルとしてバイブルサイズのバインダーに綴じられるようになっている。

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2005/05/19

メールありがとうございます

 今回はメールの話です。
 先日告知したとおり、このblog専用のアドレスを変更しました。
 その直前に、ある教員の方から京大型カードを使っておられる旨のメールをいただきました。転載の許可を得ていないので、詳細は記しませんが、もう20年もつかっておられるとのことでした。

 また、『システム手帳新入門!』に記したアドレス宛にも、メールをいただいています。しばらく前には別の教員の方からいただきました。いずれも、私の著書をお褒めいただいております。メールはすべて目を通しております。また、なによりも励みになります。ではこれからもよろしくお願いします。

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2005/05/17

検索機能付きデジタルデータ

 以前のエントリー「PDAはどこへいく」をはじめとして、このblogでは、PDAのことを何度となく取り上げている。そして最近ドコモのビジネスFOMA「M1000」に関しても書いた。これは、このblogにおけるPDA関連の一連の記事の続きである。

 「PDAはどこへいく」の結論として、“PDAは検索機能付きのデジタルデータになる”と書いた。正直に告白すれば、あの時点ではこの結論に強い確信を持っていたわけではなかった。というより、“なんとなくでてきたよんどころない結論”でしかなかったのだ。

 だが、最近この結論はあながち間違いではなかったことに気がついた。筆者は「PDAについて 再論」の中で、PDAは単機能の小型機器に進化したと書いた。それは、たとえば、電子辞書であり、iPodに代表されるデジタル音楽プレーヤーであり、メール端末としての携帯電話である。
 この3種類の機器に共通することがある。まず、いずれも蓄積するデータの件数は大量でありながら、使い勝手のよいインターフェースで簡単に検索できることだ。

 また一度に参照/利用するデータがひとつしかない点も同じだ。電子辞書なら単語、iPodなら曲データ、携帯電話なら一通のメールかまたは、ひとつのWeb(※1)を利用する。 これらの機器がそろって小型の液晶ディスプレイしか持っていない=それで済んでいるのは、参照するデジタルデータの情報量がさほど多くないからだ。特に、iPodのようなデジタルオーディオプレーヤーの場合、データは音だ。場合によっては、ディスプレイすらいらない。げんにiPodシリーズのローエンドモデルであるiPodShuffleには液晶ディスプレイは存在しない。

 そもそも、PDAは、筐体のサイズに制約があるため、大型で高解像度の液晶ディスプレイを装備できない。この物理的な制約の当然の帰結として、上述の電子辞書、デジタルオーディオプレーヤー、メール端末としての携帯電話などの小型デジタル機器は、単機能で単一のデータを利用閲覧する形になった。

 ディスプレイについては、ノートパソコンと比較すればもっとはっきりする。現在販売されている唯一の国産PDAであるZaurusシリーズの最新機種SL-C3000の液晶ディスプレイの解像度は、640ドット×480ドットだ。これに対し、現在のモバイルユースの軽量ノートパソコンの解像度は、1024ドット×768ドット。Windows95登場当初はVGAがやっとだったが、今やXGAが当たり前になっている。OSやソフトウェアが完全に同一ではないので、一概に比較できないが、それでもPDAとノートパソコンのは歴然としている。一度に表示できる情報の量は、当然のことながらノートパソコンが圧倒的に多い。
 そして繰り返しになるが、ノートパソコンは小型軽量化とバッテリー利用時間の長時間化が進んでいる。小型軽量というPDAの長所は、もはや相対的な利点でしかない。つまりPDAを積極的に選択する理由は少なくなっているのだ。

 インターフェースもそうだ。上述のZaurusシリーズをのぞけば、キーボードを標準装備するPDAはもはやないに等しい(※2)。つまり、PDAは、デジタルデータを蓄積できるにも関わらず、それを表示させるディスプレイは小さく、検索や編集のためのキーボードは標準装備されていない。つまり、データを大量に蓄積し、自在に編集し、検索するというパソコン的な使い方は、もはや現時点のPDAでは、とてもやりにくいということだ。

 まとめると以下のようになる。PDAは単一機能の小型デジタル機器としては浸透しているが、PDAという名前のままでの成功例はないに等しい。サイズ的な制約もありディスプレイは小さく、キーボードも標準では付属しない。OSを持ち、その上で動作するソフトウェアを用意することで、依然として“小さなPC”的存在としての汎用性を持ってはいるが、それは同時に末端のユーザーへのわかりにくさにつながっている。
 そして一般のユーザーが利用するのは、簡単なインターフェースで単一データを検索して利用する形の小型デジタル機器、すなわち、電子辞書であり、デジタルオーディオプレーヤーであり、メール端末としての携帯電話なのである。

参考までに、過去のPDA関連記事をあげておく。

PDAはどこへゆく

無線LAN+PDAの通話サービス

PDAについて 再論

PDAの終わりとスマートフォンのはじまり

 また、「Club Newton」の橋本氏が、「PDAはどこへゆく」の記事を読んで、ご自分のサイトを再開させるきっかけになったと書いてくださったことが、筆者にはとてもうれしく、PDAについて引き続き考える大きなきっかけのひとつになっている。遅ればせながら、ここにお礼申し上げたい。

※1 すでに、NTTドコモのM1000のようなOpera搭載の携帯電話が登場している。ただこれは現時点では例外と見なしうる。

※2 そのZaurusにしても、シリーズ登場当初の製品はキーボードを装備していなかった。“液晶ペンコム”のキャッチコピーどおり、ペン入力での利用を最大の特徴としていたことを考えると隔世の感がある。

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2005/05/16

自作にうってつけの時代

 日本にシステム手帳が上陸して20年ほどになるが、今ほど自作リフィルが作りやすい時代はないだろう。
 『システム手帳新入門!』中のコラム「ブームの古文書」にも少し書いたが、確かに1980年代のシステム手帳の関連書にも、リフィルの自作の話は出てくる。それは山根一眞氏の『スーパー手帳の仕事術』しかり、雑誌『リフィル通信』しかりである。

 だが、当時のリフィル自作の方法は、現在とは全くと言っていいほど違う。まず主役はワープロ専用機である。これにコピー機とインスタントレタリング、通称“インレタ”が加わる。当時も存在していたパソコンは、現在ほどの普及率がなかったためもあり、“華のある脇役”としての存在感を示しているのにすぎない。
 おどろくべきことに、一般書としてWindowsパソコンによるリフィル自作の方法を紹介した本は、『~新入門!』が初めてに近いのだ。この点は誤解されている方も多いかと思う。

 今ほど、リフィルの自作の環境が整っている時代はない。WindowsXPがインストールされたパソコンは10万円でおつりが来る。プリンターは、年賀状の縁なし印刷がはやったおかげでリフィルの縁ぎりぎりまで印刷できる。さらに、両面自動印刷機能を持った機種も珍しくなく、1万円台で購入できる。

 そして実際、ネット上には、複数のユーザーによる自作リフィルのひな形がアップロードされている。これらは基本的には無料だ。Excelのマクロを使って、連続した日付を自動的に印刷するようなものもある。いい時代になったものだ。

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2005/05/10

メールアドレス変更しました

 このblog用のアドレスを変更しました。執筆、講演など仕事の依頼は、こちらのアドレスからお願いします。編集者の方ですでに私のアドレスをご存じの方は、従来どおりでけっこうです。
 なお、『システム手帳新入門!』『パソコンでムダに忙しくならない50の方法』などの読者の方のご連絡は、最新の記事にコメントをつけていただければ、適宜対応させていただきます。
 画面左上のプロフィールのリンクをクリックすると、メール送信画面のリンクが表示されます。ではよろしくお願いします。

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2005/05/09

入力、蓄積、連絡、閲覧 システム手帳の情報新陳代謝

 メモに書いた文字情報の処理方法は、入力、蓄積、連絡、閲覧の4つに大別できる。

 入力はパソコンに入力すべき情報。仕事のアイデアや計画などがある程度固まったら入力する。
 逆に固まっていないものは、蓄積だ。こなれていないアイデアや計画などは、手帳に含んだ状態で熟成させる。量がまとまったり、計画が細部まできちんと見えてきたら入力される。

 連絡は、誰かに伝えることだ。仕事の指示や、質疑応答などがここに入る。メールなどは受信してからすぐ返信するのが望ましいが、そうも行かない場合、調べる必要がある場合などにはすぐ送信できない。そういったことがらについて調べる手順を覚え書きするメモがこれだ。

 閲覧は、備忘録など、手帳に綴じておいてたびたび参照するメモだ。心に残った言葉や、便覧的な事柄はここにはいるだろう。

 メモと一口に言っても、その後の処理の方法が異なる。また、こういった処理をまめにしていくことで、古いリフィルをためず、ガラクタのような過去の情報をはき出すことができる。システム手帳は常に新しい情報や有用な情報だけを保持できるのだ。

 これは、システム手帳だけが持つメリットだ。複数の情報を項目別に保持し、リングの開閉によって情報の新陳代謝ができるのだ。
 綴じてあるリフィルを取捨選択し整理するのは、面倒に思えるかもしれない。だが、システム手帳以外の手帳では、リフィル=情報を入れ替えることができず、不要な情報が蓄積されてしまう。いわば情報の体脂肪率が高い状態になる。

 もちろん、システム手帳にもそうなる可能性はある。かつてのバブル期に見られたパンパンにふくれたファイロファックスのイメージは、まさにそれだ。ためることもできるが、情報を捨てることもできる。不要な情報でふくれた手帳には、新しい情報が入る余地がない。だから、手帳は積極的に整理したい。
 そうやって情報をどんどん捨て、必要なものだけを蓄積し、メモすべきはメモして、心を整理しておくことで、時間的にも心理的にも余裕が生まれる。
 新しい未来は、過去を捨ててできたスペースに生まれるのだ。

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2005/05/05

京大型カードの時代

 先日、部屋を整理していたら写真のようなものが出てきた。PIC_0038

 これは、コクヨ製のB6情報カード、通称「京大型カード」である。
システム手帳をお使いの方で、ある年齢以上の方ならばご存じだろう。「知的生産」という言葉の元となった、『知的生産の技術』(1969年刊 梅棹忠夫 岩波新書)の本文中に登場し、その後、ビジネスマンや学生を中心に利用されるようになったカードである。

 『システム手帳新入門!』の中でも少しふれたが、一項目を一枚という、リフィルにメモや情報を記するときの原則は、京大型カードの運用方法にその起源がある。

 京大型カードの最大の功績は、それまでノートでしか記録できなかった情報をカードに記録することで、情報のサイズを物理的に規定したことだろう。換言すれば、ひとつの情報=一枚のカードというスタイルで、情報の数や量を可視的かつ計測可能な形にしたことだろう。

 さらに言えば、『知的生産の技術』本文中でもふれられているとおり、カードとカードの組み合わせや追加ができることもそうだろう。なお、岩波書店の筆者の担当者によれば、同書は現在でも年に1回程度は増刷されるそうだ。

 ただしかし、筆者は現在はこのカードを使っていない。おそらくこれから使うこともないだろう。それは、メモの用途ならば、システム手帳や、リフィル型メモ用紙を使うからであり、アイデアの構成には、アウトラインプロセッサーの方が便利なことを知っているからだ。また、近所の大型文具店にも、京大型カードはもう置いていなかった。
 ともあれ、京大型カードには上述のような功績がある。そのことは知っておいていい。

 さて、読者の方で京大型カードを現在も使っている方がいらっしゃったら、コメントをください。どんなふうに使っているのかも教えていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。

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