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2005/01/26

PDAについて 再論

 先にPDAはどこへゆくでPDAについて仮説を述べた。 これはそのつづきだ。  PDAは、今や浸透・拡散したのではないだろうか。前述のコラムでも述べた様に、 PDAの各種機能は単機能の小型機器にお株を奪われる歴史だった。これは同時に、PDAが、単機能に進化したといえなくもない。 PDAが、 個人ユーザー向けの商品としては失敗した原因の一つは、わかりやすい利用目的を打ち出せなかったことだろう。多機能でなんでもできるが 「ソフトなければただの箱」と呼ばれたパソコンは、 Web/メールといったインターネット接続を前提とした機能によって人気を集め、 普及した。  そしてPDAには、こういう、わかりやすい機能が欠けていたのだと思える。たしかに、すぐにタイピングできたり、 音声メモがとれたり、辞書をひけたり、 MP3プレイヤーとしても使えたりするのは便利ではある。だが、 それぞれの機能に特化した単機能な製品には、性能でも操作性の点でも対抗できないだろう。  逆に言えば、PDAは単機能の小型機器に “進化”したのだ。デジタル音楽プレーヤーや、電子辞書、メール端末としての携帯電話などは、完全に市民権を得ている。これらは、 いわば使いやすく、わかりやすくなったPDAなのだ。ただ、単機能であるがゆえPDAとは呼ばれない。 またユーザーもPDAだとは思っていないだろう。だが、これらの機器が持っている、デジタルな小型機器の利便性は、間違いなく、 かつてPDAが体現しようとしていたものだと思えるのだ。  現在のPDAの可能性については、改めて書いてみたい。

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